山咲真由美女装写真集

私の女装について

女装をする人は次の二つのどちらかであるのが一般的ではないでしょうか。 一つはホモセクシュアルでない男性を好きな人の女装です。 自分が男性のままではホモセクシュアルでない男性から愛されることは無理なので女装するのではないか、 と思います。 プロのニューハーフでは、 職種にもよると思いますが、 今でもこの種の女装が主流なのではないでしょうか。 もう一つは、 女性になりたい、 パートタイムで女性の気分を味わいたい、 または、 女性の衣類などそのものに魅力を感じ身につけたい、 というような人たちの女装です。 アマチュア女装者の大多数がこのタイプの女装と思います。

私の場合には、 この中のどれかと言えば、 パートタイムで女性の気分を味わいたい、 というのになると思います。 ただ、 私のこういう気持ちはあまり強いものではなく、 もしこういう気持ちだけだったとしたら、 面倒なことが特に嫌いなので、 女装はしていなかったかもしれません。 私には、 女装しなければならない他の理由があったのです。

私には一見 SM に似ているようで SM ではない次のような趣味があったのです。 それは相手に君臨し奉仕をさせる側と相手を崇め奉仕をする側とのプレイです。 S は相手をいじめることに快感があること、 M は相手からいじめられることに快感があること、 という定義によれば、 私の趣味は SM ではないのです。 もし相手に君臨し奉仕をさせることが相手をいじめることの一つであり、 相手を崇め奉仕をすることが相手からいじめられることの一つであれば、 私の趣味は SM ということになるでしょう。 でも私にとっては、 相手に君臨し奉仕をさせる快感はナルシズムの快感 (究極のナルシズムというように感じています) であり、 相手をいじめる快感とは全く異質です。 また相手を崇め奉仕をすることに快感があるのは、 相手をこの上なく魅力的と思う (プレイの時だけ、 そのように仮想する場合も含めて) からで、 自分がいじめられることによる快感とは全く違うのです。 このように私の趣味は SM の一つではありません。

私はこの趣味で奉仕される側になっても、 奉仕する側になっても快感が得られます。 でも、 かなり強度のナルシストなので、 奉仕する側になった場合には、 そのナルシズムと矛盾して抵抗感が生じることが多いのです。 この点で私にとっては、 奉仕する側になるよりも奉仕される側になることが好ましいのです。 私のこの趣味についてのもう一つの特徴は、 女性が奉仕される側で男性が奉仕する側であることが好きなことです。 たとえば谷崎潤一郎のように、 女性の美はこの世の最高の価値であり、 男性は魅力的な女性に跪き献身的な奉仕をすることが、 この世の他のどんなことよりも大きな喜びである、 という考え方はとても好きです。 ただ、 この考え方は私の性向のすべてではありません。 たとえば、 私は自分が男性として女性から奉仕をしてもらうことが特に好きだったかなり長い時期 (女装するよりも以前ですが) があったし、 今でもそういう気持が全くないわけではありません。

自分が奉仕されるケースが好ましく、 男性が女性に奉仕するパターンが好き、 ということになると、 私が男性のままである限り、 両方を同時に実現することはできません。 両方を同時に実現するためには、 私が女性になって男性に奉仕させる以外にありません。 ここに、 私が女装して女性にならなければならない必然性があったのです。 私は 1972 年春に初めて女装しましたが、 当時『風俗奇譚』というアブノーマルセックスの総合誌がマニアによく読まれていました。 この雑誌の中に大阪天王寺にあった『全国友好親睦会』というクラブ (女装バー『唄子』の前身) の広告が掲載されていました。 その中に田川まゆ美さん (私の「真由美」という名前の由来はここにあります) という女装者が男性に奴隷 (下僕) 奉仕をさせることが書かれていました。 それを見た私は電撃的な興奮を覚え、 今まで無意識のうちに探していたものがやっと見つかったような気がしました。 女装することを決心したのはこの時です。

その後、 間もなく、 女装の仕方を覚えるため『梢』という女装バーや『富貴クラブ』という女装クラブに通うことにしました。 女装の仕方などを多少覚えてから、 『風俗奇譚』の「読者サロン」という文通欄を通じてプレイメイトを求めてプレイを始めました。 女装者に対して M になりたい男性はとても多いのですが、 私の趣味にピッタリの純粋の奴隷奉仕型の人は極端に少なく、 この現実が私にとって一番不幸なことでした。 やむを得ず、 ある程度奉仕型に似た傾向のある M 男性と妥協で (お互いに相手の好きなことをしあうという方法で) プレイをしていました。 当然のことながら、 妥協しなければならないことが多い人ほど交際が永続きしませんでしたが、 私の理想に近いところがある人たちが残っていき、 1988 年頃からほとんど妥協しないですむ人たちだけで間にあうようになりました。 プレイの交際は今でも続けており、 1999 年秋頃までは (特に多忙な時以外は) 週に 2 回はしていました。

2003 年 3 月 山咲真由美
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